中秋の名月、十五夜はいつ?由来や意味、なぜお月見をして月見団子を食べるのか?

2020年の十五夜はいつ?毎年変わる十五夜の日。中秋の名月とも呼ばれる十五夜の日にお月見をしてお供え物をするのはなぜなのか?十五夜の日にお供えするものはどんな物?月見団子以外に十五夜ならではの食べ物はあるのか?また、十三夜や十日夜とは?十五夜の由来や歴史、お供え物の意味や風習と合わせて3月見と呼ばれる日についてもご紹介します。十五夜の日がいつかを知って、秋の夜長のお月見を楽しみましょう!

夏の暑さも少し落ち着き、過ごしやすくなった秋の夜長、虫の鳴き声を聞きながら月を眺める「十五夜」という風習が日本にはありますが、いったいどんなものなのか詳しくご存じでしょうか?
「お月見」とも呼ばれる秋の風物詩ですが、実は毎年「十五夜」の日は異なります。
 
今回は、そんな十五夜の由来や歴史、お供え物がもつ意味などについてご紹介します。
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「十五夜」とは?十五夜の時期と歴史

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十五夜の時期

旧暦の8月15日にあたる日を「十五夜」と呼ぶため、毎年十五夜の日は変わります。旧暦は、月の満ち欠けを基準として作られた暦のため、私たちが現在使用している西暦とは、1年の長さも始まりとされる日も異なっています。そのため、十五夜は毎年9月中旬から10月上旬のいずれかの日に制定されます。
今年、2020年は、10月1日が「十五夜」にあたります。
 
十五夜は「中秋の名月」とも呼ばれ、秋の真ん中に上る月という意味もあります。ちなみに、「仲秋の名月」と表記されることもありますが、こちらの字を使用した場合は「8月の名月」という意味になるので注意しましょう。

 

十五夜の歴史

旧暦の頃に制定された「十五夜」ですが、いったいどれだけの歴史があるのでしょうか?
諸説ありますが、十五夜の歴史は結構古く、平安時代の漢詩人・島田忠臣の家集『田氏家集』にも登場していることから、月見が盛んになったのは平安時代(貞観年間859~877年)と考えられています。
当時の平安貴族達は、美しい月を眺めながらお酒を飲んだり、船の上で管弦や詩歌などを楽しんでいたとのこと。なんとも雅なものですね。
 
十五夜の風習が庶民に広まったのは、庶民の生活が安定してきた江戸時代中期頃と考えられています。この頃には風流を楽しむというより、収穫祭や初穂祭の意味合いが強くなっており、今年もまた稲穂を無事に収穫できたことを感謝する日とされていました。
 

十五夜のお供え物について

十五夜の時期になると、スーパーや和菓子屋で「お月見団子」が売られたり、花屋では「すすき」が売られるのを目にしたことはありませんか?
実は、これらは十五夜には欠かせないお供え物なのです。
では、なぜお団子やすすきをお供えするのでしょうか?ここでは、十五夜のお供え物について学んでいきましょう。
  
■お月見団子
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お団子の丸い形を月に見立ててお供えすることで、月に収穫の感謝の気持ちを表しています。
お団子の数は、十五夜というだけあり15個。ピラミッドのように積み重ねます。一番上のお団子は、霊界との架け橋の役目を果たすと考えられていました。
ただ、地域によって多少の異なりはあり、丸いお団子ではなく、小芋のように少し先をとがらせたお団子を飾っている地域もあります。
 
■ススキ
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秋の七草の1つで、災いや悪霊から大切な収穫物を守ってくれると考えられていました。また、次の年の豊作を願う意味も込められています。
魔除けになると考えられていたススキを軒先に吊るしたり、庭や水田などに立てる地域もあります。
江戸時代、蕎麦の値段が16文なのに対し、ススキは一束32文ほどで取引されていました。少し高価なように思えますが、それでも購入しお供えをしていたということは、当時の人々が縁起物や風習を大切にしていたことが分かります。
 
■農作物
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お月見が庶民に浸透する頃には、収穫祭の意味合いも強くなっていました。
そのため、里芋や栗、枝豆などの収穫した農作物をお供えしていました。なかでも里芋は定番で、「十五夜(中秋の名月)」のことを「芋名月」と呼ぶほどです。
また、この後の章で登場しますが「十三夜」と呼ばれる日は、枝豆を食べながら月の出を待つことから、「豆名月」と呼んだりします。
 
 
お月見の日に現れる「お月見泥棒」とは?十五夜以外のお月見!?

お月見の日は「お月見泥棒」が多発する!?

お月見の日は、お月見泥棒が現れるといわれています。泥棒だなんて物騒だと思われるかもしれませんが、これは、近所の子供たちがお供え物を盗むといった風習です。
「お月様が月見団子を食べてくれた」という考えから、お月見の時は、お供え物を勝手に取っていって良いとされ、子供の盗み食いが歓迎されていました。
 
地域によっても特色があり、長崎県の一部では「まだんかな」と言いながらお供え物を持っていきます。秋田県仙北郡では、「片足御免」と言い、片足は他人の家に入ることが許されると考えられていました。
今も子供たちが「お月見ください!」「お月見泥棒です!」と各家に声をかけて周り、お団子やお菓子をもらう風習がある地域もあります。
 

十五夜だけじゃない、十三夜や十日夜

実は、お月見は「十五夜」だけではなく「十三夜」と「十日夜」というものがあります。3つ合わせて、「3月見」といい、3回月見をすると大変縁起が良いとされています。
それでは、十三夜と十日夜がどんなものなのか見ていきましょう。
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「十三夜」とは?

旧暦の9月13日から14日の夜を十三夜といいます。今年は10月29日が「十三夜」にあたります。
大豆や枝豆、栗を供えることから「豆名月」「栗名月」と呼んだりもします。
十五夜は、中国より日本に伝わったと言われていますが、十三夜に関しては、日本由来の風習と考えられています。十五夜と同様、晴れの日が多く、美しい月が楽しめます。十五夜と十三夜、どちらか一方しかお月見をしないことを「片見月」と呼び、縁起が悪いとされているので、できるだけ両日ともお月見をするように心がけましょう。
 

「十日夜」とは?

十日夜と書いて「とおかんや」と読みます。
旧暦10月10日の夜を指し、今年は11月24日が「十日夜」にあたります。
お月見よりもお祭りがメインになっており、東日本を中心に収穫祭がおこなわれ、地の神さまに感謝の気持ちを表します。「田の神さまが山に帰る日」ともいわれ、昔はこの日までに稲刈りを終わらせるところが多かったようです。
西日本では「亥の子(いのこ)」という行事にあたり、亥の月(旧暦10月)の最初の亥の日、亥の時間(21時~23時)に行われる収穫祭のことを指しています。
 

まとめ

いかがでしたか?平安時代の人たちが眺めていた月を、今の私たちも眺めていると考えると少々不思議な感じもしますが、古来より月は私たちの生活と共にありました。
脈々と受け継がれてきた風習は、時代とともに多少の変化を遂げてきているものの、月を眺めるといった行為は変わっておりません。
 
お月見について少し詳しくなった今年は、十五夜だけでなく、十三夜と十日夜を含めた「3月見」に挑戦してみるのも面白いのではないでしょうか?
もちろん、その際は、おいしいお月見団子も添えて。大人の方には月見酒なども風流で良いかもしれません。
 
お家時間が増えている今だからこそ、どうぞ皆さま美しい月と共にすてきな時間をお過ごしください。
 

Ms.小わっぱ

 
 
◆参考文献◆
『知っておきたい和の行事』成美堂出版
『暮らしのならわし十二か月』飛鳥新社
『親子でたのしむ日本の行事』平凡社
『平安時代における八月十五夜の観月実態』京都大学学術情報リポジトリ
 

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