吉野家 牛丼並盛の価格推移から見る時代の移り変わり

牛丼屋のイメージといえば? 安い早いうまい、どこにでもある、一人で入る店、男性客が多い…。 そんな身近な牛丼屋「吉野家」の100年以上の歴史と沿革、価格推移とその背景をお伝えします。 創業の地は日本橋の魚市場。 創業者松田栄吉の出身地「大阪吉野町」から屋号を吉野家とした。

鈴木です。皆様は牛丼屋といえばどのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。安い早いうまいはもちろん。どこにでもある、一人で入る店、客層は男性が多いなど、世間に浸透しているので身近なイメージがあると思います。

本日は100年以上の歴史がある吉野家について、価格の推移とその背景などを伝えていきます。


吉野家の沿革と歴史、価格推移について

創業時(1899~)

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創業の地は日本橋の魚市場でした。


創業者松田栄吉さんが大阪吉野町の出身であったため屋号を吉野家としました。関東大震災、東京大空襲で2度も店が燃えてしまい、戦後は屋台としてほそぼそと営業し、築地に吉野家を開店しました。

株式会社吉野家設立後(1958年〜)

築地の1店舗で年商1億円を目標に掲げ、1坪ない店舗で席数は15席のお店でした。営業時間は5:00〜13:00。商品の単価(250円)から考えると1日1000人以上の客数、66回転ほど必要です。現在では想像もできません。

築地という場所柄、早朝から働く人々に合わせてとにかくスピードが求められ、メニューの変更を検討しました。当初は天ぷらなど他のメニューもありましたが、回転率を上げるためにそれらをスリム化しました。メニューは牛丼のみとし、牛丼の具材も糸こんにゃくや長ネギ、豆腐なども廃止することで、顧客の求める“肉”を食べたいという気持ちに応える形を取りました。


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商品は牛丼のみですが、ツユダク、肉大盛り、脂身を抜いたトロ抜きなど常連客による個別の注文が多く、当時の従業員はお客さんの顔を覚え、入店と同時に作り始めていました。このような工夫がされる過程で驚異の回転率と年商1億円を達成し、現代の吉野家に通じるDNAが構築されていきました。


顧客の求めるものを追求した形が、現在の“牛丼単品”への変化でした。

新橋の2号店(1968年~)

新橋に2号店を出店した際の牛丼の価格は、並盛200円〜300円。その当時外食の外国資本が自由化しました。

「外食元年」と呼ばれるこの年は、マクドナルドやケンタッキー、ミスタードーナツをはじめとする外国資本の外食チェーンが次々と日本市場へ参入。時を同じくして、吉野家も多店舗化を計画し本場アメリカへ視察。100店舗構想を打ち出し多店舗展開を目指しました。


吉野家の倒産、その背景とは

倒産とその後(1970~2000)

1970年代前半、牛肉の輸入が非自由化され供給が激減。それに合わせ価格も高騰しました。その当時国内外の出店を盛んに行っており借入も多く資金繰りが悪化し経営難に。

1979年に300円から350円へ値上げ。出店に集中するあまり吉野家の大切にしていた価値、「うまい」 の提供がおろそかになっていました。輸入の制限外である低品質の牛肉を使用し、タレも粉末状のものを使用した結果、安さを追求しすぎて客離れを起こしました。


倒産からの再建中、品質を改善しながら350円から300円へ再度値下げ。1985年370円へ値上げ、1990 消費税導入(3%)にあわせて400円へ値上げ2001年デフレ時代に対応し「価値の再設計」と表題に掲げ280円へ価格の変更を繰り返しました。


BSE(狂牛病)問題(2002~)

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米国にてBSEの発生を確認したとき、日本は輸入を一切ストップしました。このころ牛肉の調達先を米国のみに絞っていたことがリスクとなりました。牛の脳、脊髄など一部のみを特定危険部位と定め、仮に感染していてもその部位以外は安全とされていましたが、マスコミの報道などが一部過激化。米国産=危険というような世間の認識となり窮地に。


早急に収束すると考えていたBSE問題でしたが、結果的には2003年12月から2006年7月まで約2年半輸入がストップしました。他の牛丼チェーンはオーストラリア産牛肉等に切り替えを行ったのですが、吉野家伝統の味を守るため牛丼を停止することとなり、牛丼に代わるものとして豚丼が登場。その他カレー丼、焼鶏丼など単品での経営から複数メニューを増やすようになりました。


牛肉の輸入が開始され、牛丼再開は2006年9月に380円で復活を遂げました。


牛丼並盛280円の時代 (2009~)

2009年には松屋、すき家が牛丼並盛り280円を打ち出し売上を伸ばしました。前年比85パーセントへ減少し、リーマンショックの影響も後押しし、消費者の低価格志向が一層強くなりました。この状況は、吉野家には不利に働き、シェアを2社に奪われた形となりました。

当時吉野家は380円、2社との間には100円の差があったのですが、単純に他社に追随せず、牛鍋丼という別の新メニューを280円で打ち出し牛丼自体価格は据え置きにします。


2012年、アベノミクスの登場によるデフレ脱却、インフレ誘導が世の中の潮流へ。円安・株高が続き、景気回復の兆しが見えましたが、原料を海外から輸入している吉野家にとっては原価が高くなり、嫌な状況は続きます。


2013年に280円へ価格を下げ、現在の人気メニューである牛すき鍋膳を投入します。2014年4月に消費税の増税にあわせて300円へ値上げ、2014年12月に380円へ値上げ、以降期間限定での値下げなどはありますが現時点の380円で落ち着きます。

これからの時代の吉野家

「安い、うまい、早い」を徹底的に追及し、消費者へ価値を提供してきましたが、これからは「安い、うまい、ごゆっくり」*1という価値を提供していくと語るのは、安部修仁(吉野家ホールディングス会長)。注文を受けてから牛丼等を提供する時間は変わりませんが、お客様に「ごゆっくり」を提供できる店づくりをしていくということ。

これまでは早く食べて早く店を出るという消費者層に向けたサービスを提供していましたが、時代の変化に伴い、ファミリー層、高齢者層を現在より多く取り込んでいかなければ、少子高齢化、人口減少の時代に対応しきれないという考えがあるそうです。

まとめ

価格推移とその背景にはこのような時代背景や出来事があったと読み取ることができました。現在、消費者の時間の使い方が時代と共に多様化しています。手軽になんでも手に入る、どこへでも移動でき、様々な体験ができる選択肢の多い時代です。

ファストフードひとつとっても、街中にはハンバーガー、ドーナツ、ピザなどが目立ち、持ち帰りの弁当屋、コンビニも無数にあります。消費者のその日の気まぐれでも相対的にはその選択肢の中で選ばれなければなりません。


顧客に対し、どのような価値を提供する店かを明確に打ち出し、その価値を消費者に認められなければ生き残れない厳しい時代であると感じます。


≪参考≫
安部修仁・伊藤元重 2002年 吉野家の経済学
安部修仁・伊藤元重 2016年 吉野家で経済入門 
吉野家HP:https://www.yoshinoya.com/company/history.html

スズキ

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*1:「吉野家で経済入門」日本経済新聞出版社 213ページより