西郷隆盛を育てた薩摩藩藩主・島津斉彬に学ぶ人財育成術「優秀な人財はこうして育成せよ!」

島津斉彬(しまづなりあきら)とは 薩摩藩の富国強兵を押し進め、幕府に開国・殖産興業を提言し、明治維新の功労者西郷隆盛や大久保利通らを育成した人物。『維新のおり、薩摩藩から人財が多く出たのは、斉彬の教育感化によるものである』と勝海舟に言わしめた島津斉彬の人財育成術をご紹介いたします。

こんにちは、ライターの「momo」です。
 
2018年NHK大河ドラマ「西郷どん」にて話題の島津しまづ斉彬なりあきら。渡辺謙さん演じる姿に、この島津斉彬ってどんな人物なんだろう、と気になった方も多いはず。

「西郷どん」の主役である西郷隆盛にどんな影響を与えた人物なのかを解説しつつ、現代教育にも役立つ島津斉彬の人材育成術についてご説明したいと思います。


島津しまづ斉彬なりあきらとはどんな人物だったのか?

f:id:tentsu_media:20160329150830p:plain

唐突ですが、フランスのブランド「ルイ・ヴィトン」をみなさんご存知かと思います。
 
世界中の人に愛用されているこのルイ・ヴィトンですが、このトランクを日本でいち早く愛用したのは、今回の記事の主役でもある幕末屈指の名君、薩摩藩11代藩主・島津斉彬だと言われています。
 
ルイ・ヴィトンと薩摩藩は縁が深く、私たちのよく知る『モノグラム』のモチーフの一つ、丸の中の十字は島津家の家紋からヒントを得て1896年に考案されました。
f:id:tentsu_media:20160329144743p:plain
 
島津斉彬は名門島津家の第28代当主で、江戸時代末期に薩摩藩(現在の鹿児島県)を統治した人物です。
 
早くから西洋文明に興味を持ち、薩摩藩の富国強兵を押し進め、幕府に開国・殖産興業を提言しました。また明治維新の功労者西郷隆盛や大久保利通らを見出し育成した人物でもあります。
 
では、島津斉彬は西郷隆盛らをどのように見出し育成したのでしょうか?
部下の人財育成に悩む経営者のみなさまに『維新のおり、薩摩藩から人財が多く出たのは、斉彬の教育感化によるものである』と勝海舟に言わしめた島津斉彬の人財育成術をご紹介いたします。
 


身分の上下に関係なく優秀な人材を見出し意見を取り入れる

f:id:tentsu_media:20160329154953p:plain
島津斉彬は身分の上下に関係なく、様々な人に意見を求めその意見を藩の経営に取り入れました。その中の一人が西郷隆盛です。西郷は元々下級武士でしたが年貢の取り立てに苦しむ農民の苦境を訴える為、農地改革意見書を薩摩藩に提出します。
 
これを見た斉彬は、西郷を見込みある若者と判断し、御庭番として取り立て傍に置き指導します。斉彬の指導方法は、まず相手から意見を徹底的に聞き、それとは別の見解を示し、根気良く対話するというものでした。
 
自分の意見に凝り固まっていた西郷ですが、斉彬との対話を通じてその意見を受け入れ、徐々に視野を広げていきます。やがて禁門の変・長州征伐・薩長同盟・王政復古・戊辰戦争・江戸城無血開城など、主要な局面でことごとく活躍。明治維新の実現に大きく貢献し、日本近代化の礎を築きます。
 

強い意志を持つ人物に着目する

f:id:tentsu_media:20160329155611p:plain
島津斉彬は下級武士であった大久保利通の才も見出します。
大久保は幼少の頃より学問では誰にも負けないほど優秀な頭脳の持ち主でした。反面、寡黙で他人に威圧的、冷静かつ現実主義であり、他人の意見を聞き入れることがほとんどありませんでした。
 
大久保は国の為なら私財をも投げ打ち、友人や戦友らとの義理・人情などを切り捨て、版籍奉還・廃藩置県・廃刀令などの改革を強力に推し進めます。結果、士族の不興を買って暗殺されてしまいますが、明治政府の運営に尽力しました。
 
強い意志を持ち他者に威圧的な人物は扱いづらく敬遠しがちですが、『付和雷同で意見を持たぬ者、十人が十人とも好む人材、彼らは非常事態に対応できない。器用さではなく強い意志を持った者こそ難局を乗り切る事ができる』と斉彬は言います。誰にも負けない強い意志を持った人物こそ優秀な人物なのかもしれません。
 

同じ藩内に捕らわれず、幅広い人材交流を図る

江戸時代には他藩との交流は原則禁止されていましたが、島津斉彬は水戸藩主徳川斉昭・福井藩主松平慶永・宇和島藩主伊達宗城・佐賀藩主鍋島斉正・福岡藩主黒田長簿ら、志を同じくした人々と連絡を取って交流を深めます。
 
このネットワークを活かして薩摩藩の若者の視野を広げるため、奨学金を出して他藩の若者と交流をさせたのです。西郷隆盛がその中の一人で、福井藩の秀才橋本左内と親交を深めます。
 
『これからの日本は富国強兵に努め、身分を問わず誰もが政治に参加できる国にしなければいけない』と説く橋本に最初は意見が合わず反感を持っていた西郷ですが、意見を交わす内に打ち解け無二の親友となります。橋本は志半ばにして病に倒れますが、その後の西郷の行動に大きな影響を与えました。
 
他にも斉彬は、幕府が長崎に海軍練習所を開設したと聞くと航海術に興味がある者を派遣し、長州に腕のいい医者がいると聞くと医学を志す者を派遣します。斉彬によって視野を広げネットワークを構築した若者たちは藩を超えて結束し、明治維新という偉業を成し遂げたのです。

 

まとめ:島津斉彬から学んだ人財育成術

・役職や身分にとらわれず、幅広く意見を聞きその意見を取り入れる。
・強い意志を持った者に着目し抜擢する。
・先々を見据え教育に資金を投じ、枠を越えた他者との交流を図る。

 
島津斉彬が薩摩藩の名君と言われる所以は、こういった人材育成術が根底にあったのかもしれませんね。

  



◆他の歴史人物から学ぶ経営術は、こちらからご覧いただけます。
www.tenpo.biz

※この記事は2018年1月に加筆いたしました。

momo




f:id:trn_y_ogihara:20170125165151p:plain