出店から退店まで伴走する──TRNグループ工事責任者が語る飲食店工事のリアル【前編】
不動産・リース事業本部 副本部長 / TRNグループ工事責任者
麻生 研司
飲食店の工事や設備というと、「オープン前に一度だけ行うもの」という印象を持たれる方が多いかもしれません。しかし実際には、工事や設備は、開業後も経営と密接に関わり続けます。
物件を決め、内装を整え、いよいよオープン。
その後も、設備の不具合、動線の見直し、業態転換、そして退店————。
飲食店経営のさまざまな場面で、“工事や設備”に関する判断が必ず伴います。
TRNグループでは、こうした飲食店の時間軸に沿って、内装工事・設備メンテナンス・解体工事まで一貫して携わってきました。
本記事では、TRNの工事事業に20年携わる麻生副本部長に、飲食店経営の中でどのような工事や設備メンテナンスが必要になるのか、そしてどんな点でつまずきやすいのか、実際の事例と共に伺いました。
このインタビューは、【前編・後編】の二部構成でお届けします。
前編では「出店前〜営業開始後」に焦点を当て、新装工事で考えるべきポイントや、営業後に影響が出やすい判断について、後編では「営業中〜退店」までのリアルなトラブルや解体の実務について掘り下げていきます。


麻生 研司(あそう けんじ)
営業として入社後、店舗統括本部内に施設管理機能を立ち上げ、現在のビルメンテナンス課の基盤を構築。現在は工事企画、BM、法務、営業経理、CSなど複数部署を統括する、「不動産・リース事業本部」の副本部長。これまでに関わった工事案件は大小あわせて100件以上。出店から退店まで、飲食店経営を工事面から支えてきた実務責任者。
1. 出店前|最初にして最大の判断「新装工事」

― 開業の準備について伺います。新装工事とは、具体的にどこからどこまでを指すのでしょうか?
お客様の立場で言えば、居抜きでもスケルトンでも、「改装してオープンする」のであれば基本的に新装工事です。
例えば、ラーメン店の居抜きを借りて居酒屋に改装する場合。工事の中身としては“居抜き改装”ですが、お客様にとっては新しいお店のスタートですよね。だから新装工事になります。
逆に、自社の居酒屋をそのままリニューアルするなら、それはリニューアル工事と言えます。
ただ正直なところ、線引きはそこまで明確ではありません。看板だけ変える場合をどう定義するか、という話もありますし。
いわゆる“フルの新装工事”はスケルトンからつくるケースですが、大切なのは名称ではなく、「そのお店が新しく始まるかどうか」という視点だと思っています。
― 新装工事の中で、飲食店経営者が迷いやすいポイントはどこでしょうか?
経営者目線か、現場目線かで、迷うポイントはまったく違ってきます。経営者の方がまず考えるのは、やはり集客に直結する点ですね。遠くから看板が見えるか、入口で雰囲気が伝わるか、入った瞬間に「この店いいな」と思ってもらえるか。「この看板、ちょっと見えないな」「入口の前に壁があったら雰囲気が伝わらないよね」など、そういった部分は自然と気になりますよね。
一方で、現場スタッフが気にするのはオペレーションです。客席と厨房の動線がぶつからないか、洗い場の位置は適切か、料理の提供までの流れがスムーズか。この辺はよく気にされています。
例えば、客席の動線と厨房の動線を重ねてしまうと、満席になったときに必ずバタつきます。厨房内も、洗い場→調理→提供が“ぐるっと回る動き”になっているかどうかで、回転効率は大きく変わります。
初出店の方ほど、どうしてもデザインに目が向きがちですが、毎日その中で働くのは現場です。そこまで想像できているかどうかで、後々の負担は変わってきますね。
― 営業後に特に影響が出やすい判断はどの部分でしょうか?
やはり動線です。デザインは、ある程度後から手を入れることができますが、動線は営業が始まったらすぐにはどうにもなりませんよね。満席になったときに、「下げた食器、どこに置くの?」「今ドリンク作ってるのに、ここ通るの?」そういった小さなストレスが、現場の疲労になっていきます。
図面上は成立していても、繁盛している状態を想定していないと、必ずどこかに無理が出てきます。私はいつも、“うまくいったとき”を前提に考えます。忙しい状態で回るかどうか。それを一つの基準としています。
― 数年後の改装や退店を見据えて、新装工事の段階で考えておくべきことはありますか?
改装自体は、やろうと思えばある程度どうにでもなりますが、退店のタイミングで、「あの時ちゃんと考えておけばよかった」となるかどうかが分かれます。原状回復の費用も、工事の手間も、新装工事の段階で退店まで見据えていたかどうかで変わってくることが多いです。
実は、原状回復まで見据えて施工している業者は多くありません。例えばALC(軽量気泡コンクリート)の壁。その前にボードを立てるとき、ボンドで直接貼る方法もあります。施工は楽ですし、早い。でも、ALCは壊れやすい素材で、ボンド貼りをすると、退店時に壁が崩れ、大きな補修費用が発生してしまうこともあるんです。
だから私たちは、基本的に軽量鉄骨(LGS)で下地を組みます。手間はかかりますが、退店時の負担がまったく違う。 見えない部分こそ、将来のコストに直結します。その視点があるかどうかが、工事の質の違いだと思っています。
― 初出店の店舗で起きやすい新装工事のつまずき例はありますか?
一番多いのは、インフラ不足ですね。電気容量、ガス容量、排気能力が足りない。こういった問題が多いです。実際に、「見積もりを出してください」と言われて現地を確認し、やりたい内容を伺ったうえで、「このままだと容量が足りません」とお伝えしたこともあります。
最終的にはイレギュラーな方法で電気を引き込むなどして対応しましたが、本来は物件契約前に確認しておくべき内容です。初出店の方は、どうしても夢が先に立ちます。「こういう店をつくりたい」という思いは大切ですが、インフラは“後からどうにもならない”ことが多い。
一方で、出店に慣れている方は、物件を見る段階で必ず確認していますね。「この物件で、自分のやりたい業態は本当に成立するか?」と、立地だけで判断せず、用途、インフラ、法令まで含めて検討する。そこまで見られているかどうかで、出店リスクは大きく変わってきます。
2. 営業開始後|見えてくる“想定外”と改装工事

― 営業が始まってから、改装工事が必要になるケースはどんな場合が多いのでしょうか?
正直に言うと、営業が始まってから大きな改装が必要になるケースは、それほど多くありません。想定以上に焦げやすい箇所が見つかった、あるいは部分的な補修が必要になった――といった“リカバリー工事”はありますが、「全面的にやり直し」というのはよほどのケースです。
強いて言うならば、よほど設計や施工に無理があった場合ですね。「これだとオペレーションが立ち行かないよね」というレベルのミスがあると、さすがに手を入れざるを得ません。 ただ、本当に怖いのは、“小さな無理”が積み重なっていくケースです。営業は回っている。でも、どこかに負担がかかり続けている。そういう状態は、後からじわじわ効いてきます。
― 実際に営業してから改装が必要になった事例はありますか?
パン屋さんのケースがあります。オープン前に、「この規模だと換気が足りない可能性があります」とお伝えしました。「もう一段、換気設備にお金をかけたほうがいいですよ」と。しかし、「できるだけ初期費用を抑えたい」というお客様の判断で、そのままオープンに至りました。
結果として、お店はとても繁盛しました。それ自体はとても良いことなのですが、想定以上に人が入り、想定以上にオーブンが稼働する。すると、換気設備が追いつかず、店内に熱がこもって、スタッフにとってもお客さんにとっても大きな負担となってしまったんです。そして結局は、後から換気設備を増設することになりました。
「最初に言った通りになりましたね」という話ではありますが、これは決して責める話ではありません。開業前は、どうしても予算とのバランスで悩まれるものです。ただ、私がよくお伝えしているのは、“うまくいったとき”を基準に考えましょうということ。
繁盛して困ることはありません。でも、繁盛して設備が追いつかないのは、もったいない。営業開始後の改装は、失敗というよりも「想定が足りなかった部分の修正」です。だからこそ、最初の段階でどこまで先を見られるかがとても重要と言えますね。
まとめ
新装工事は、単なる内装づくりではありません。
動線、インフラ、そして将来の原状回復まで見据えた「経営判断」の連続です。
とくに初出店では、どうしてもデザインや立地に意識が向きがちですが、繁盛したときに無理なく回るかどうか、退店時に想定外の負担が発生しないかどうか、そこまで想像できているかどうかで、数年後の差は大きく変わります。
では、営業が始まった後はどうでしょうか。
実際の現場では、どのような設備トラブルが起き、どんなリスクが潜んでいるのか。
後編では、営業中に起こりやすい設備トラブルの実例、定期メンテナンスの重要性、そして退店時の解体・原状回復のリアルについて詳しく伺います。ぜひ後編もあわせてご覧ください。
